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結成とチーム名 |
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1997年春、東京都中央区築地小学校の同窓生が集まりチーム結成。
名前が決まらずみんなで悩んでいたが、当時赤塚の大好きだった馬「マヤノトップガン」が春の天皇賞で激走、これに大感動し、そのままチーム名となった。ユニホームはカタログの表紙を飾っていたR・アロマーが着ていた、クリーブランド・インディアンズのビジターモデル。翌年、ヤクルトが採用しやがったときにはガッカリ・・・。
2007年より、女子ソフトボール日本代表のレプリカモデルにチェンジ。ミズノプロの完全オーダーでかなり高額であるが、そんなもんは関係ない。 |
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初試合 |
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チーム初の試合(vs日大スタリオンズ 月島)では、村上雅一がランナーが2塁に行くまでという条件で、先発投手に。安打と盗塁で3球でノックアウトしたが、最後に赤塚が左打席で逆転3ランを放ち劇的な勝利。試合後は全員、酔っ払ってこっぱみじんになった。 |
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活動状況 |
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活動日:土曜日ナイター・日・祝日。
活動場所:中央区月島グランドを中心に都内各所から、秋田・大阪くらいまで。
所属:中央区軟式野球連盟1部(2007年に昇格)
その他:都心リーグ主催・ストロングリーグ東東京ブロック1部(2010年より) |
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メンバー |
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赤塚の母校、築地小・芝学園・立命館大の交友関係を中心に、それぞれ友人や後輩を吟味してスカウト、「女と野球が大好き」「家族サービスよりもちょっと野球したい」「歌って踊れる」ようなメンバーで構成されている。
その他、大阪・京都・名古屋にも影響力があり、飲み会オンリーも多数、女子マネージャーがいないということを除けば、理想的なメンバー構成といっていい。 |
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目標・自己評価 |
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○中央区野球連盟の春季・秋季大会で優勝を目指す。
○都大会で上位進出し、国体や天皇杯等の全国大会出場を目指す
○都心リーグでの全勝優勝を目指す。
○練習試合でも「勝負」にこだわった野球をする。
投手4・打撃4・守備4・機動力4 (ベストメンバー時)
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チームのテーマ |
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「酒」
徹底的に勝利にこだわり、旨い酒が飲みたい。練習試合や、ベストメンバーでない時でも、最善を尽くし試合に勝てるように頑張る。
このテーマの実践として、毎試合後、欠かさず行われるのが「飲み会」。さらに春は「お花見」、夏は「バーベキュー」、秋には「温泉旅行」、冬には「忘年会」「スキー旅行」、通年で「合コン」、最近は「結婚パーティ」と、何かにこじつけて酒を飲み交わす。
またこれまで「試合後に即解散」したことはたった1度もなく、必ずどこかに移動し並々ならぬ量のビールを消費してきた。こうした試合後の活動があって初めてチームが成立するので、試合後の活動時間が限定される「日曜ナイター」はずっとお断りしていたが、チーム力強化のため、2007年より日曜ナイターも解禁、月曜日の仕事に影響があるほど、元気に活動している。
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2010年 |
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35試合 22勝10敗3分 (雨天中止7試合)
とにかく猛暑が印象的なのシーズンだった。
キンググラスとの開幕戦を、赤塚が8-0でシャットアウト勝利。中央区春季1回戦vs人形町クラブも2-0と勝利、都民大会では初戦敗退したものの、中央区春季2回戦でも強豪バンディーズを5-1と圧倒するが、またも富士ゼロックスに敗れた。
猛暑の7・8・9月を1週も欠かすことなく試合を続け、中央区秋季1回戦vsサンフロンティア不動産にサヨナラ勝ち、8・9月にかけてはストロングリーグ、リーグ戦・決勝トーナメントを通じ、好ゲームを続けて、明らかにチーム力は向上し、秋季2回戦vsアトラスに猛追するも、痛恨のサインミスで逆転のチャンスを潰し、サヨナラ負け。余りのガッカリにホームページの更新も滞ってしまった。
しかし、赤塚は野球人生で最高の調子を維持、先発赤塚→リリーフ菅野、さらに浅沼、という速度差を活かした投手リレーで強豪チームを抑えることができたことは収穫だった。
シーズンを通じて、打撃が絶不調、サインに頼らざるを得ない攻撃で迫力に欠け、得点も少なかった。対戦相手のレベルが高いとはいえ、もう少し何とかしてくれ、特に4番畠山。
11月、畠山&真由子が結婚し、その前後に活躍した聖路加ナースたちが各賞を獲得する活躍をみせた。2011年シーズンは野球での活躍と表彰を期待したい。
2010年 AWARD
MVP 聖路加・木本 (あらゆる場面での傑出した活躍)
新人王 聖路加・松永 (結婚パーティでのゴムパッチンの衝撃)
カムバック賞 聖路加・オカジ(もう野球には来ないはずが、カレシと別れて見事に復活)
流行語大賞 聖路加・木本「餃子一日 ヒャクマンコ」
名場面賞 20村上雅一「鳩サブレー事件」
レコード大賞 該当曲なし
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2009年 |
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33試合 24勝6敗3分 (雨天中止10試合)
開幕戦ダブルヘッダー2連敗という最悪のオープニングを迎えた2009年も、振り返れば楽しいシーズンだった。
3月21日には赤塚結婚記念試合として、トップガンvs立命ドジャースという夢の対戦が実現し、多くのメンバーが集まってくれたことに、改めてお礼をいいたい。
結婚記念試合の後、東中野タイガースとの練習試合を控えた4月上旬、赤塚が痛恨の肉離れで戦線離脱。ここで代わりの投手として、仙台ニ高・菅野範が初登場する。東中野タイガース戦には惜しくも敗れるが、上々のデビューを果たし、その後も好投を続ける。投手が増えたことにより、赤塚-菅野のスペシャル(遅→速)投手リレーや、ダブルヘッダーなど、これまでになかったゲーム進行ができるようになり、4月中旬の東中野戦以降、7月まで8連勝(その間の失点2、零封7試合)とバツグンのチーム状態になる。
この間、中央区春季大会は、雨天順延と不戦勝で自動的にベスト4に進出。約1ケ月ぶりの試合で、「中央区最強」との呼び声高いアトラスとのゲーム、奥・畠山・鈴木という甲子園トリオを主軸に据えるも、久しぶりの実戦であのクラスの投手を打ち崩すのは困難、力及ばず敗退。3位となった。
7月・8月の猛暑の中も、1週も休まず、ダブルヘッダーなども行って、まさに野球狂。最高の状態で秋季東京都大会を迎えようと思った、その前の週の試合、それも時間が余って延長イニングを行い、しかも最後の打者の打球を補給する際、打撃絶好調だった畠山が痛恨の手首亀裂骨折・・。翌週、残ったメンバーで全力を尽くすも優勝チーム・日本ウェルネスに惜敗する。
中央区秋季大会、この年に限って、というか連盟加盟後初めて、秋季大会が1週も雨天延期されず、アメリカ旅行とバッティング。赤塚・菅野欠席、栗田一郎先発、というひどい試合をセッティングしてしまい、みんなに迷惑をかけてしまった。申し訳ないこと限りなしで大反省。
都心リーグは、初戦を落としたが残り試合を9連勝し、5度目の優勝となったが、ベイブルース・アノルマーレなど、結成当初からのチームを脱退させなければならない状況となり、個人的にかなりへこんだ。。
最終戦を12月20日と定め、ダブルヘッダー3日を含む13試合をセッティングするも、うち5試合が雨天中止という最悪の天候状態。本当に雨に泣かされたシーズンだった。
2009AWARD
三冠王 2畠山勲 打撃部門での圧倒的成績
新人王 12菅野範 好投、出席率もよく貢献
MVP 24一森紀彦 忘年会での大活躍
流行語大賞 24一森紀彦 サシコ・スケボー・焼モツ鍋
レコード大賞 岡崎雅樹 「スニーカーぶるーす」
残念賞 13石川雅也 存在感なし
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2008年 |
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26試合 16勝9敗1分
前シーズン終盤より赤塚の肩痛が激化、春になっても全く痛みは引かず、まともに投球ができない状態が続く。追い討ちをかけるように4月12日のSG戦、本塁にスライディングした秀城がヒザを骨折するという大アクシデント。
明らかな戦力不足で迎えた春季連盟vsオルフェザンキーズ戦、4番松葉の不調もあって敗戦、都心リーグ序盤も勝てない試合が続く。7月の東京都夏季大会も初戦コールド負けという屈辱を味わった。
秀城の骨折はシーズン絶望という重傷、赤塚の肩痛はスポーツ外科通いで夏頃には何とか痛みは和らぐが、完全にフォームを崩してしまっていた。畠山のマンツーマン指導、吉田がビデオ撮影、その他、試合のない日も集まってくれたおかげで調子も上向き、秋季大会1回戦vs中央区役所戦に完封勝利。さあ2回戦も行くぞ、と思ったところにギックリ腰・・・。秋季大会2回戦vsゼロックス戦、西尾が代わって先発するも力尽きて敗退。まさにケガに泣かされたシーズンだった。畠山も「昔と違ってケガが治らない」といっていたし、コンディショニングの大切さを痛感した。
シーズン中盤より、カラオケブームが再燃し、 深夜まで歌広に通った、ということを付け加えておく。
2008年MVP 該当者なし
2008年新人王 侵入団選手なし
2008年流行語大賞 8赤塚滋行「1時間だけだよ」
2008年レコード大賞 2畠山勲「仮面舞踏会」 |
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2007年 |
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31試合 23勝6敗2分
合同トレーニングなど、冬の間もみんなで身体を動かしていたこともあり、開幕より絶好調。他区の連盟1部所属の強豪チームにも勝利したり、また創設10年で初めてユニホームをフルモデルチェンジするなど、いい感じで春季大会1回戦を迎えるが優勝チームイトーキを相手に、完全に雰囲気に飲まれ初戦敗退。クジ運が悪かったと開き直る。
7月には総勢15名で「仙台遠征」。畠山・秀城実家にごあいさつの後、夜の仙台・国分町でハッスル&ハッスル。雨のため野球は中止になってしまったが、深夜まで山崎武の応援歌を唄いまくり、「地方格差」の解消に貢献した。また13石川雅也が横浜転勤となり、これを機にバラエティ部を新設することとなった。
野球もひと段落した8月に存在感を現したのは16秀城タカヒコ。「東京湾花火大会」の日にはお台場に出没したかと思えば、何とその夜には村上・松葉・その他を自宅に宿泊させるという神業を披露。人格が変わってしまったのか、完全に腹を括った行動でチームメイトを鼓舞した。
そして9月には東京都秋季大会に出場。対戦相手は台東区の強豪「HANA」。18笹田陽の「三塁盗塁ヘッドスライディング」など「記憶に残るプレー」が飛び出すも余裕のタッチアウト。平均19歳のチームに初戦敗退。残念な結果に終わったものの、しっかりした野球はできていたし、手ごたえは掴んでいた。
9月下旬より雨天が続き日程調整に悩まされていた中、都心リーグ・ベイブルースに、0−7と大敗。投げてもダメ、守備もダメ、バット振れてない、攻撃チグハグ・・・。秋季大会直前でショックではあったが、むしろ「本来やるべきこと」が明確になった敗戦でもあった。
そして迎えた秋季大会。初戦、畠山・西尾を欠くものの、しっかり守って浜町クラブにサドンデス勝利。2回戦、走攻守が冴えわたって茅場球友会に7−1と快勝し、ベスト4進出。そして準決勝、優勝チーム・富士ゼロックスの「したたかな野球」に得点を奪えず、0−3で敗退し、3位となった。
シーズン終盤、「笹田送別会」「忘年会」とBIG飲み会を連発、やはり20村上雅一の圧倒的存在感を改めて痛感したが、13石川雅也の大活躍も特筆すべきであり、この活躍によって文句なしの新人王に輝く。
都心リーグは7勝1敗2分で、優勝。来期も、おなじみのチームとの対戦が非常に楽しみである。
また都心リーグ代表で出場した「あほうどり杯」も、初戦・二回戦と強豪を倒して決勝進出したが、12月中の対戦は不可ということで、持ち越しとなっている。
秋季大会3位ということで賞状とトロフィーはもらったが、この結果で満足している者は誰もいない。春・秋とも、優勝チームに負けている分、余計に悔しい。忘年会の最後に11横須賀正人が言ったことをしっかりと胸に刻んで、来期は大目標を達成しなくてはいけない。
2007年MVP 23松葉且祥(10万円でお買い上げ)
2007年新人王 13石川雅也
2007年流行語大賞 23松葉且祥「親指クン」
2007年レコード大賞 13石川雅也「GO、GO、英智!」
2007年特別賞 16秀城貴彦「東京湾花火」など |
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2006年 |
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29試合 21勝7敗1分
冬季の暴飲が影響し、「肩痛」と「体重6キロ増」で迎えたシーズン、最悪の状況でリーグ戦に臨みいきなり連敗、黄信号が灯る。ここでチームを救ったのは、今期より本格参戦を決めた西尾&秀城。三遊間を2人で固定し守りを固める方針で中央区春季大会1回戦vs日本橋ヤンキースに勝利。その後、春の嵐で試合中止が続くがこの間に肩を休めることもでき、また西尾の捕手へのコンバートも大成功、決勝vs大都オイスターズに勝利して、悲願の中央区二部春季大会を制覇!試合後には、偉大な監督の計らいで、待望の大ビールかけが行われた。
9月には東京都秋季大会(関東大会東京都代表決定戦)に出場、2回戦で守備が崩壊し敗退するが、秋に向けての課題が明確になる。
同じく9月連休には初の大阪遠征「JR茨木駅11時集合」。大阪万博公園グランド・対戦相手・派遣審判を全て手配、バカ1名遅刻が出たものの、次の日まで、特に23松葉なんかは、楽しい時間を過ごしたが、13石川雅也の活躍が目ざましかったことは言うまでもない。
雨天の日程調整の影響で再度二部での出場となった中央区秋季大会、来年からの一部昇格に向け「春秋連覇」を成し遂げようと全員の気持ちは一致していた。しかし初戦、いきなり大都オイスターズとの対戦になるが、何とあっさりコールド勝ち。さらに2回戦vsイーグルスもコールド勝ちし、まさに最高のチーム状態となる。そして準決勝で北越製紙、決勝では久松クラブ、これまで悔しい思いをさせられてきたチームをキッチリ倒して「春秋連覇」を達成!雨が降り寒い日であったが、またもや大監督の計らいで、2度目のビールかけが決行された。
都心リーグは序盤の連敗が響き、7勝3敗の2位に終わった。
2006年MVP 23松葉且祥
流行語大賞 2畠山勲「ミズノプロ」「次の人、いいよー」
流行語特別賞 「ビールかけ 日ハム三回 俺ら二回」
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2005年 |
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前年秋の勢いのままに春季大会に出場、1回戦を完封勝利するが、2回戦でまさかのジャンケン敗退。短い春が終わる。
7月には東京都大会2部(高松宮賜杯全国大会東京予選)に初出場、3回戦で敗退するが、1・2回戦をコールドで勝ち上がり、意義のある夏を過ごした。
必勝体制で臨んだ秋季大会は、またもや1回戦サドンデス敗退。あっという間に秋が終わってしまった。
また夏の畠山負傷に伴う、篠崎のショートへのコンバート→守備大上達は、背番号まで変更して、かなり面白かった。
「都心リーグ」は、8勝1敗で2年連続3度目の優勝を飾った。
野球の他、1月スキー、3月正人結婚式、4月杉山引退試合、7月吉田結婚式、9月東京ドーム観戦、11月仙台遠征→杉山結婚式など、一年を通してイベントざんまい、まるで大学サークルのように頑張った。
2005年MVP 15栗原貴之
流行語大賞 24一森紀彦「毛根」「ハゲかけ」 |
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これまでの活動 |
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1997年
春にチーム結成。GWにユニホーム注文。6月の結成初戦以来、意外と頑張って連勝し、調子に乗る。
1998年
中央区野球連盟4部に所属するも、初めての春の公式戦では何もできずに惨敗。ここ一番での脆さ、守備力の重要性を認識。
1999年
春季は屈辱の不戦敗。高校・大学時代の友人など、メンバーを充実させチーム強化に努め、秋季にはベスト16まで勝ち上がる。
2000年
春季大会ではチーム力も安定し3位、秋季は二日酔いがたたってベスト16で力尽きたものの、2001年度からの3部昇格を決めた。
同年より「都心リーグ」を開催、ベイブルースとの最終決戦に惜しくも敗れ優勝を逃した。
2001年
新たなメンバーを加え、守備力もUP、攻撃力も増大したトップガンは、3部に昇格した春期大会でも順調に勝ち上がるが、準決勝で「芳山堂ゴールデンズ」綾野投手に格の違いを見せつけられ敗退。3位となった。
秋期大会はベスト8敗退。最後の2試合で2得点と、極度の打撃不振に陥り、それをそのまま引きずって、都心リーグ決勝戦vsベイブルースにも敗れる。前年と同様、結果の残せない不甲斐ないシーズンとなってしまった。
流行語 11横須賀正人「塩カルビ」
2002年
畠山が4月のBB戦に初登場、その破壊的打撃でBBを粉砕すると、春季中央区3部を制覇しうれしい初タイトル。2部に昇格した秋季1回戦はメンバーが集まらずあえなく敗退するが、都心リーグは10連勝、決勝戦でBBを倒しリーグ初制覇。2つのタイトルを手にした。
流行語 14吉田良尚「違うんですよ」
2003年
歌って踊れる不動の捕手・ゴクスギが、コーチ業が忙しくなり休部状態になると、攻守のバランスがチグハグとなり、ふがいない試合が続く。雨天中止の連続で1ヶ月も試合ができないという状態が2回もあった。BBとの5試合の死闘など、好ゲームもあったが、中央区2部でも1勝もできず、試練のシーズンとなる。しかし、東京ドームでの試合、ニシケン・みくりの結婚式など楽しいイベントはたくさんあっていい思い出はできた。
流行語 24一森紀彦「キスは金で買える」「雪国スーツ」
2004年
奥・一森の転勤という衝撃で幕を開けたシーズン。戦力不足から春の連盟は初戦敗退、リーグ戦も序盤で黒星、毎試合9人ギリギリという厳しい状況が続くが、この逆境下で一致団結する。監督:吉田、主将:畠山、GM:赤塚のトロイカ体制の下、全員が助っ人集めなどに積極的に協力、強力な新メンバーも加入し、秋の連盟で悲願の初勝利をあげるとそのまま勝ち進み2部3位に。都心リーグも逆転優勝(タナボタ)する。一部昇格は逃したものの、非常に楽しいシーズンだった。
流行語 20村上雅一「裏ごし」「オレ流」「うっすらと」
2010年まで
通算334戦223勝84敗25分(1ノーゲーム)
1997年 4勝1敗1分
1998年 9勝6敗
1999年 4勝4敗2分
2000年 15勝3敗2分
2001年 17勝5敗3分
2002年 21勝2敗2分
2003年 11勝12敗2分
2004年 16勝6敗2分
2005年 21勝7敗1分(1ノーゲーム)
2006年 21勝7敗1分
2007年 23勝6敗2分
2008年 16勝9敗1分
2009年 24勝6敗3分
2009年 22勝10敗3分
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